『離れて暮らす90代の親』の顔を見に行く!60代の娘の気持ちとは?「故郷へ帰省する」

シニアライフ

生まれ育った場所で暮らした23年と、他県で暮らした43年。たまに帰省した時の状況と気持ちはとは?千差万別の環境があり、「嬉しい」「楽しい」「帰省して良かった」「帰省しなければ良かった」など、人により様々な事情があり、感じることも様々。

筆者が15年ぶりに実家に帰省して、改めて感じたことをお話しします。

自分が歳を重ねた分だけ、親も歳を取る

離れて暮らしているとそのことを忘れてしまう

どんなに時代が変わっても、いつ、何歳から、どこに住んでどんな生活をしていくのかなど、人それぞれです。

ずっと自分が生まれ育ったところで生涯生活している人もいれば、結婚や仕事の関係など様々な事情で他県に住むようになる人も多いでしょう。

自分の生活のため、日々の暮らしに明け暮れて、気が付けば数年、数十年が過ぎてしまいます。

当たり前のことなのですが、さすがに、自分も立派にシニアと言われる年代になり、ふと気づけば親の年齢が90歳を過ぎていました。

普段から、近くに住む兄弟などが親の面倒などを見つつ、見守ってくれていることにすっかり甘えてしまい・・・

事実、何をしてやりたいと気持ちはあっても離れて暮らしていれば、物理的に親の面倒を見ることは無理なケースの方が多いかも知れませんね。

第一、何事かあったからと言っても、遠距離に住んでいればすぐに駆け付けるなんて現実にはできませんから、必然的に近くに住んでいる子供が親の面倒を見るようになることが多いかも知れません。

周囲にも、親の介護に関する話が増えてくる

自分の友人知人からの話からも、親の話題が増えてきます。

実際に、高齢の親と同居している友人もいますが、時々、「ストレスマックス!」の状態になると電話が来たりして、本当に大変そうだと感じます。

数年の親の介護の末、両親を見送ったという友人の話も聞いたりして、普通であれば誰もが通る道なのかと改めて実感させられます。

親の介護に関しては、物理的な面倒は当然のことですが、自分自身の経済問題に大きな影響を与える問題でもあり、現実、そのことをしている人を見ると本当に頭が下がります。

介護する側の事情にもよりますが、事実、「介護離職」をしてまで親の介護をしている人もいるのですから、本当に本当に、立派なことです。

だた、現在では「介護保険」もあるのですから、自分の仕事を手放してまで親の介護をすることはどうなのでしょうか?

自分自身が親であることから将来を想像したときに、自分の子供が、自分の介護のために全てを失い、後の生活が成り立たなくなったら、と考えると、そんなことは決してしてほしくありません・・・

結局、いくつになっても、親は子供の心配をしていくものかも知れません。

実家から遠距離に住んでいると、「遠い親戚より近くの他人」を実感する

遠距離に住んでいる子供サイドもそのことを実感する

実際に、年老いた親の様子を見るにつけても、遠距離に住んでいて何の役にも立たない子供よりも、近くの他人様にお世話になっている訳です。

そして子供サイドは実家を離れてから年数が経つと、どうしても日々の自分の生活が主になり、何事もなければ普段は親のことも忘れています。

筆者も15年ぶりに実家へ帰省し、そのあたりの人間模様を見るにつけ、自分だって、なんの縁故のない土地にきて親を頼ることもなく、その代わり、思い返せばどれだけ沢山の他人様のお世話になり支えていただいてきたかということに気付きます。

結局のところ、血縁というのは何があっても切れることのない縁故ですから、その安心感は言葉では表せないものです。

実の親兄弟でも、長い間には色々な感情の行き違いなどで道中疎遠となる人もいるかも知れませんが、それでも、親兄弟特有の「血」の繋がりがある以上、他人には感じない「確かな情」というものが必ずあるものではないでしょうか?

なので、血縁関係であれば多少の言葉が足りなくても、それがどうこうでもなく、「同じ釜の飯を食った家族」ですから子供の頃からの自分の性格などは、ごまかしようがないですね。(笑)

「三つ子の魂100までも」です。(笑)

しかしながら、赤の他人様はそうはいきません。

縁を結ぶことも切ることも、いつでもできる関係な訳ですから、「親しくなる」「友人となる」「親戚のような付き合いが続く」なんてこと自体が奇跡です。

そう考えれば、もしかしたら、そうなる関係には元々よほどの「ご縁」があったということでしょうか?

日常とは違う場所へ行ってみると、今いる自分の環境が見えてくる

5月の連休明けてからの4泊5日にかけての帰省をしてきましたが、たまに帰省して親や兄弟や、その子供達と再会すると、自分が普段住んでる世界とは少し違った世界を見た気分になります。

自分に不足している面や、恵まれている面や、反省する面や、本当に普段は当たり前にあることに改めて感謝しないといけないと気づきます。

この数年は新型コロナの影響もあり、なかなか実家への帰省や外出もままならないご時世です。

先が見えない今だからこそという考えも、逆にあるのかも知れません。いずれにしても、やりたいことは今、会いたい人にも今、後悔のないようにしたいものです。

今日も一日、無事に過ごせたことに感謝します。

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